活動初期は自分を選んでくれたことがとても嬉しく、お金を少しかけてもその呼びかけに勇気を持って、応じようとしました。そういう経験を振り返ってみて、いくつか「失敗したのかな?」と思うこともありました。
自分の活動方針は、自分で決めるしか無いのです。
以下をチェックするようにして下さい。
- 作品の取り扱い方 (本当にあなたの作品を十分知った上で、声をかけていますか?)
- 作品の返却の有無 (口約束だけでなく、明記した書類やメールなどを受け取っていますか?)
- 返却の期日(ずるずると、展示の先延ばしを持ちかけて来ませんか?)
- 返却の際の配送方法 (海外の場合、door to doorで届くように配慮されていますか?追跡できますか?保障は?)
- 配送料金はどちらが支払うのか?(作家だけに負担を強いていませんか?)
- 作品は売ってもらえるのか?(展示しただけで、本当に納得できますか?)
- 売れた場合の取り分はどうなっているのか?(海外の場合、送金手数料や円換算によって、受取額が変わることがあります。)
- 生じた受け取り金の支払い期日は、あらかじめ設定されているか?(後から催促するのは、気が引けるものです。)
- 出品料や、レンタル料は妥当な料金か?(ネットなどに、同じような事例を探して確認しましょう。)
- サブスクなどの課金制度は潜んでいないか?(照明スポットに料金がかかったり、DM作成料金が請求されることもあります。)
- 発表場所に、責任者のいる事務所はあるかどうか?(無人の展示会場も増えて来ています。作品の安全性や、お客様への対応を確認しておきましょう。)
できる限り、当事者と会うなり、連絡を密にとって、返事がすぐ来るところか?などもチェックすることが大事です。
また、遠方からの出品の場合、まさか見に来ることはないだろうと、紹介画像とは異なる、手抜きの展示が行われる場合があると聞きます。十分気をつけて、そして勇気を持って活動することも大切です。
あまり、慎重になりすぎて、せっかくのチャンスを逃すのももったいないことです。どんな経験も、何かに気づくためのかけがえのない経験になることには間違いないからです。
経験談
| こんなことが、ありました。 活動初期の頃のことです。都心の画廊から届いたレンタルギャラリーを借りませんか?というDMが郵便受けに届きました。タイミング的に私の初個展を見て、「是非当方で個展をしませんか?」という内容だったと記憶しています。ギャラリーの平面図、料金、住所が記載されていました。 身近で作家活動をしていた人に、その案内状を見せてみました。すると「あまりお勧めしない」と言われました。なぜ?と聞いてみたところ「なんとなく」という答え。それじゃ、何の答えにもなりません。 そこで、その画廊について来てもらって、一緒に話を聞いてもらうことにしました。ギャラリーのオーナーは、歳を重ねた、信頼のおけそうな人に見えました。結局ついて来た人も、「まぁ、レンタル料が支払えるならやってみれば、いいんじゃない。」と言われ、やってみることに。 結局蓋を開けてみて、それなりに良かったことと、どこかそっけなさも感じた部分もありました。私の最初の個展を見たわけではなく、どこかに置いてもらっていたDM(当時は自分の連絡先まで印刷していました)を見つけて、その住所に送っただけで、作品についてそれほど深く興味を持っていたわけでもないようでした。 そしてそれから、しばらく経ってから振り向いた時に、私自身も「まぁ、やってよかったとも言えるし、そこである必要もなかったかな」となりました。この微妙なニュアンスは、多分なかなか伝わりにくいです。ですから、ずっとレンタル・ギャラリーは成り立っています。 ある地点で、気がついたことは、「レンタル・ギャラリー作家から卒業して、画廊の取扱い作家にならなければ」と思ったことです。ここで、多くの人はレンタル・ギャラリー作家から画廊取扱作家という階段を上がる道のりがある、と思ってしまうことでしょう。しかし、それは違うのです。最初から画廊取扱作家になる人もいるのです。というか、レンタルもするし、企画もするギャラリーがあるのです。私が失敗したな、と思った点は、最初からレンタルも企画も構えているギャラリーを選ぶべきだった、と感じた瞬間があったからです。 ギャラリーを変えると、ちょっとした不義理の種が生まれ、それが後々まで尾をひく場合があります。狭い地域の中で、発表場所を変える場合、まずそのギャラリー店主という一人の応援者を失います。その応援者の後には、見えない数のお客様がいる場合があります。 そして、ある時に「レンタルギャラリーをいつまでもさまよい続ける作家」か?「ギャラリー取扱作家」か?の区別があることを知って驚きます。それは誰も面と向かっては教えてくれない、業界内だけで暗黙に知られているレッテル貼りなのです。 しかし重要なのは、いろいろなことを知った上でも、果敢に制作を続けることです。作家活動を続けていく中で、自然にさまざまなことを知っていくことになりますが、それが雑念になることなく、清濁併せ持つような、人間としての器も試される時が必ずあります。強く生き延びて、残っていく作家になるしかありません。 |
昔書いたブログ記事(ドバイ案件)も併せてお読み下さい。
